まどろみさん 1st

カスタネッツでデビュー後の1996年、ある雑誌にコラムの連載をさせてもらえることになった。
そこで張り切って書いたのが、「まどろみさん」でした。

なぜ、デビュー後の世間様へのお披露目時期にいきなり「まどろみさん」だったのか。
私にももはや分からない。
その雑誌名も思い出せないし、内容も定かではない。
その後、カスタネッツの会報誌に続編を書き、さらに知人が発行していたフリーペーパーに続々編を書いた。
ただただ漂い生きるまどろみさんに己を見つつ、応援しつつ、楽しく書いたものだ。
続編、続々編は原稿が残っているので、それぞれ2nd、3rdとしてアップしてみます。
カテゴリから「創作」で検索可能です。

暇つぶしにいかがかな。

1stは手元に原稿なし。
誰か、記憶していたらコメント欄にでも思い出し記入してみてくださいな。

まどろみさん 2nd その1


杉並区にも秋が来た。

私とジェットとケヤキは、夏モードのムキだしコタツに座って梨を食べていた。

この梨は、隣の201号室の住人、イナナキさんがジョギング中にどこかの家の庭に生えている梨の木からもいできたものだった。
今朝私の部屋に来て、「おすそわけだよ、まどろみさん」とイナナいて3個くれたのだった。

梨は大好きだった。
「どこの家の庭だろう」と私は考えた。
ジェットとケヤキを連れて深夜の梨狩りに行けたらなぁ。

ジェットも梨は好きみたいだった。
シャクシャクとかじりながら、時々むせて「カフッ」と言いながらも満足気だった。

この部屋の一番古い住人がジェットだった。
私が越して来てドアを開けると、何もない居間の真ん中で寝ころんでいたのだった。
黒に近い灰色の毛並でしっぽの先が白かった。
私は大抵いつもさびしいので、同居ネコがいるのはとてもうれしかった。
私は彼に近付いてひざまずき、「よろしくたのみます」と言った。
彼は目の色を急速に変化させて、「うん、まぁ一つよろしく」と私に伝え、「俺はジェット」と言ってあくびした。

ケヤキはジェットが連れてきた新しい同居人だった。
ある冬の日に外出していたジェットを抱いて現れ、カレーを作ってくれてそのまま住みついてしまった。
カレーには不思議な力があるのです。

ケヤキは十九歳らしい。
でも子供に見えたりおばあさんに見えたりする時もあった。
ほとんどしゃべらないケヤキはいつもちょこんと座って私を見てたり、
ころんと寝転んでジェットを見てたりしたが、私はケヤキの眼を見るとなぜかドキリとしてしまう。

ケヤキの眼は不思議なほど真っ黒だった。
まるで眼だけが生きてて、他の部分を動かしてると思うほど、生き生きとしていた。
さびしげな眼をしてる時は、どんどん縮んでいって消えてしまいそうに見えたし、
うれしそうな眼をすると、キラキラ光って爆発しそうに見えた。
ケヤキは茶色のクシャ髪でいつも深緑の服を着ていて素足だった。
ジェットはどうしてケヤキを連れてきたんだろう。

この部屋には電話もポストもないけれど、
私とケヤキとジェットは、この古いアパートの一室に溶け込んでいるように暮らしている。

家族でも恋人でもペットでもなく、僕らは空気みたいに混ざり合って暮らしている。

私は自分が生きていることを知ってるし、それがとてもうれしい。

何歳になったか、本名が何だったか、忘れてしまったけど、
私は「まどろみさん」と呼ばれていて、職業は「生活」です。

まどろみさん 2nd その2


杉並区にも冬が来た。

私はこたつに首までもぐり、ジェットはこたつの上から私を見下し、もう2時間ほど見つめ合っていた。

ケヤキは「しばらくいません」と置き手紙をして、一ヶ月ほと前からいなくなっていた。
昨日の夜は冷え込んで少し雪が散らついたようだった。

「まどろみさんいるかね」と、隣に住むイナナキさんが玄関の所でイナナいた。
「いますよ。ええ、いますとも。」と私は言った。
「ビッグニュース大ニュース。」
とイナナキながら、彼は大股に部屋に進入してきた。
ジェットの目が少し光ったので、私は慌てて「だめだよジェット、喉元を噛みきっちゃ。」と言った。
それを聞いたイナナキさんは、ジェットの恐ろしさを知っているので
「ヒヒーン。」と本格的にイナナいて玄関口まで駆け戻った。
私はジェットの額を人差し指で掻いてあげながらイナナキさんに
「何ですか大ニュースってのは。」とたずねた。
イナナキさんは、まだ恐怖のためか、ヒヒンヒヒンとむせながら
「と、とにかく今夜七時に『おっちゃんの店』に来て下さい。いい話なんですから。」
とイナナいて逃げ帰っていった。

私は何だか分からないけどひとつ行ってみようかと思い、
サザエさんを見終わってからマフラーを顔中グルグルに巻いて、
おっちゃんの店へと歩いた。

店に着くと常連のおっさん達の姿は見えず、着飾った男女でいっぱいだった。
マスターのおっちゃんは妙な三角帽をかぶって困った顔でグラスを並べていた。
「何なのこれ」と私がおっちゃんにたずねると
横から「遅いよまどろみさん。」とイナナキさんがしゃしゃり出た。
イナナキさんはハデなスーツに三角帽、しかも何故かネズミの付けっパナを鼻に付けていた。
私はバカにされたかと思ったので彼に殴りかかったが、彼は落ち着いてよけながら
「パーティーだよ。お見合パーティー。」と秘密めいた口調で私に告げた。
「お見合?」
「うん。町内会長の息子が主催でね、この町内の一人者のために女性を集めてくれたんだよぉ。」

私は改めて店内を見回した。
どうやら男女が12人ずつぐらいいるようだった。
私が知っている顔は毒月ラーメンを経営しているどくづきさんと、たまにおっちゃんの店で見かけるわななきさんぐらいで、女の人達はみな見たことない人ばかりだった。

その時、なぜか殿様のかっこをした男がマイクを握り叫んだ。
「者共静まれい。」
我々がハッとしてしまうと彼は続けた。
「わしは今日の司会を頼まれた小川興業の宮田じゃ。プロ中のプロ司会じゃ。
どすんとわしに任せてくれい。まずは主催者のとどろきクンのあいさつじゃ。」
宮田はそう言って町内会長の息子にマイクを渡した。

とどろきクンは学生らしいんだけど小太りでフケ顔だった。
そして自分が大学でかなりモテている事、だからみんなにも女性達を紹介してやろうと思った事、
卒業したら町内会長の地位につこうと思ってる事などをダラダラと言った後
「とにかくハッピーにやろうぜぇ。」などとすっとん狂な声をとどろかせた。
宮田はうんうん頷きながらマイクを取り戻すと叫んだ。
「いよいよパーティーの始まりじゃ。皆の者、出会え!出会え!」
イナナキさんは待ってましたとばかりに
「出会う!出会う!」
とイナナいて店の奥の方に突入して行った。

私はどうして良いやら分からずカウンターに座った。
おっちゃんは、焼き鳥の串に銀色のホイルを巻き付けていた。
「パーティーだからさぁ。」とおっちゃんは恥ずかしそうに言った。
アルバイトのグリコちゃんは元気良くビールケースを担ぎ上げながら
「まどろみさんもがんばがんば。」と言って去っていった。
『がんばがんばと言われてもなぁ。』と私が途方に暮れてまどろみかけていると
すぐ背後で「コラー貴様!出会え!出会うのじゃ!」
と宮田の怒鳴り声がした。

私はびっくりして振り返った。
宮田は汗びっしょりだった。
そして片手にマイク、もう片手に焼き鳥を三本握りしめていた。
私は宮田の鬼のような形相にたじたじになって
「ごめんなさいごめんなさい」とただ泣きじゃくった。
すると宮田は急に深呼吸すると仏の様な顔つきになって
「いいんだよ。さぁ涙なんかとはサヨナラだ。元気良く出会っておいで。人はみな出会うべきなんだ。」
と優しく語り、私の肩をたたいた。
なんだか感動してしまった私は
「ありがとうございます宮田。行って来ます宮田。」
と言ってフラフラと店の奥へと向かった。

男も女もみな入れ替わり立ち替わり出会いまくっていた。
私はとにかく前に立ちふさがった女の人に言った。
「こんばんは」女の人は振り向いた。
長い髪で細くて長い首だった。
「どーも」と言って女の人は私を見て「マフラー取ったら。」と言った。
私は慌てて顔中にグルグル巻いてあったマフラーをはずして
「結構長いんだ。このマフラー。」と言った。
女の人は私の顔をちらっと見て「お仕事は?」とたずねた。
「生活です。」と私は答えた。
女の人は黙っていた。
私は「結構あったかいんだこのマフラー。」とか
「結構黄色いんだこのマフラー。」とか話し続けたが女の人は何も言わず、おっちゃんが作ったでたらめのカクテルを飲んで
「それじゃ。」ととどろきクンとその仲間達の方へと行ってしまった。

私がスゴスゴと店の出入口近くのカウンターへ戻ると、
毒月さんとわななきさんが寂しげに飲んでいた。
「まったく女達はみんなとどろきの奴らが仕切ってて話しにならん。やってられんぞ。」
と毒月さんが毒づくと
わななきさんは「僕じゃ年収が足りないらしいんです。あと身長も。」
と行って頭を抱えた。
その肩は見事なほど小刻みにわなないていた。

私が何とも言えずに立っていると、相撲の行司のかっこをした小男がやってきて
「のこったのこった。こちらさん達のこったのこった。」と叫び始めた。
どうやら宮田の助手らしかった。
毒月さんは「なめんなこの野郎!ダシ取ってやる。」
と毒づいて小男につかみかかり、
わななきさんは「どーせ僕は残りものさ!残りものさ!」と
ますます激しくわななき始めた。
店の奥の方から「いよっとどろきさん最高!」といななく声が聞こえてきた。
私は「もうどうでもいいです。もう出会わなくてもいいんです。」
と宮田に叫んで外に出た。

今夜も雪になりそうだった。
顔中にマフラーを巻き付けて私は帰り道をポツポツ歩いた。
アパートの下から見上げると私の部屋の電気がついていた。
私はドキドキしてしまい「ワー」と言いながら古い階段を駆け上がって部屋のドアを開けた。

コタツから首だけ出したケヤキの顔が見えた。
そしてコタツからしっぽだけ出しているジェットが見えた。
ケヤキはコタツから這い出してきて私の前に来て
「今夜はカレーですよ。」と言った。

私はなんだか何も言えなかった。
ケヤキはちょっと笑って僕のマフラーのはじを持つといきおいよく引っぱった。
私は「ワー」と言いながらコマの様に回った。
回りながら『僕はもう出会ってたみたいだよ宮田。僕はもう出会ってたんだよ宮田』
とそう思った・・・・。

まどろみさん 2nd その3


杉並区にも春が来た。

うすい水色の空にレモン色のお日様がゆっくり泳いでいた。
私は焼きビーフンを作っていた。
ビーフンは好物だった。
名前が好きだった。

「ビーフンってゆう言葉の響きはおもしろいねぇ。」とケヤキに言うと
ケヤキは「最後のンが大切なんですね。」と言った。
私はうんうんうなずき「ビビビーフンッンッビーーーフッンッンッ・・・・」
と演歌ラップを歌いながら出来上がった焼きビーフンをフライパンごとテーブルに運んだ。

「こうしてフライパンから食べると焼きビーフンもステーキみたいな味になるから不思議だねぇ。」
と私が言うとケヤキは何も言わずじっと私と見た。
私はドキリとあわててビーフンを食べた。
ステーキの味はせず、あからさまなビーフンの味がした。
「ビーフンの味しかしないや。」
私がつぶやくとケヤキは目をなごませて
「ビーフンはビーフンの味でいいんですよ。」と言って食べ始めた。
フライパンの中でからみ合ったビーフンたちはそれを聞いて誇らしげに小踊りし、私も嬉しくなって
「ビーフンはぁビーフンさぁ。煮ても茹でてもビーフンさぁ。そんなあなたがぁいとおかし」
と演歌レゲエを歌った。

アパートの周りには発情期を迎えたメスのネコたちが無数に集まってジェットを待っていた。
ジェットは実にもてていた。
しかし本人いや本ネコは知らん顔でたたみの上に長々とのびてまどろんでいる。
ジェットはネコの王様なのだろう。
ひょっとしてあらゆる動物の王様かも知れない。
いや本当は神様かも知れない。
そう思えるほどジェットの眼は何もかも知っている眼だったし、何もかも聞いている耳だった。
「あなたは神様ですね?」と私はジェットにたずねた。
ジェットは一瞬ギクリとしたように見えたが何も言わなかった。

夕方になるとイナナキさんが私を呼びに来た。
イベント好きなイナナキさんの企画による
「善福寺川公園夜桜見ながら大はしゃぎしちゃおうぜ花見大会」である。
私はケヤキとジェットに「いってきます」と言って外に出た。

『おっちゃんの店』のマスターとグリコちゃん、常連のおっさんたち、
それに小林洋品店の隣に出来たエアロビクススタジオ「おどり地獄」のお姉さんたちもいた。
イナナキさんはまたしても三角帽にネズミの付けっパナを付けていた。
「行きますよみなさん」としきりにしきりたがるイナナキさんの後について
私たちは善福寺川公園に向かった。

夕方の春空はうすいオレンジ色でお日様もそこに溶け込みかかっていた。
公園に着くと花見客でいっぱいで、そこかしこでわずかな空き地を奪い合って闘う人々の姿が目についた。
「私たちの場所はあるんですか?」
とエアロビのお姉さんがイナナキさんにたずねた。
「ええ、多分。毒月さんとわななき君に頼んでおきましたから。ホラッあそこですよ。」
イナナキさんが指を差したその先に血みどろで倒れてるわななきさんと毒月さんの姿があった。
ちっぽけな七分咲きの桜の木の下に四枚のござが敷かれていた。
「おーい、毒月さん、わななき君。ごくろうごくろう。」
イナナキさんが声を掛けると、毒月さんはもうろうとした目つきで立ち上がった。
「み、みなさん。我々はがんばりました。見て下さいこのスペースを。
こんな素晴らしい場所が他にあるでしょうか?いや無い!我々はがんばりましたぞ!」
がなり立てる毒月さんをしり目に、イナナキさんはマスターが持ってきた酒や食べ物を並べ、いつのまにか花見は始まり急速に盛り上がった。

どう見ても全治三ヶ月ぐらいの毒月さんもエアロビダンサーズにお酌をされ、骨折している腕を振り回しながら元気に騒いでいる。
わななきさんだけが気を失ったまま桜の木に寄り掛けられている。
マスターとグリコちゃんがパフィーを歌った。とても素晴らしい。
「まどろみさんも歌ってよ。」と言われ、
私も「花見を~夢みた~ビーフンは~・・・」と演歌ワルツを歌った。
とても素晴らしい。

花見が終わって部屋に帰るとケヤキとジェットはベランダにいた。
ケヤキは「お帰りなさい。」と言ってからジェットのトイレを指差した。
見るとかわいいつくしの子が3本ピョコリと生えていた。
「ここにも春がいる。」私は叫んだ。
そしてケヤキとジェットと三人で「春だ春だ。」と叫びながら
スプリングのように跳びはね続けた・・・・。

まどろみさん 2nd その4


杉並区にも夏が来た。

私はうすめにいれたカルピスをちびちびのみながら高校野球のハッスルプレーを見ていた。
いいプレーにはすかさず「ナイスハッスル!」とさけんだ。

「しかし『ハッスル』って言葉はナゾめいてるけど口に出すと気持ちがいい言葉だねぇ。」
私はベランダのケヤキに言った。
ケヤキは大きなブリキのジョーロでジェットに水をかけてやっていた。
私はうすめのカルピスのグラスをもってベランダに出た。
セミたちが忙しくなきじゃくっている。

『こんな都会のコンクリートの町のどこからセミが出てくるんだろう。』
このアパートの前のほそう道路のアスファルトの裏側にもびっしりとセミの幼虫がはりついてもがいてるのかも知れない。
いやそうにちがいない。
「そうだ!きっとそうなんだ!」
私は一気に錯乱し、うすめのカルピスをはきちらしながら
「そうだ!そうなのだ!」と叫び踊った。
失神寸前の私の頭にケヤキがジョーロで水をかけてくれた。
私はようやく我にかえった。

さけびすぎてしまい、何が「そうだ!」なのかは忘れてしまっていた。
ゼエゼエと肩で息をしてる私に、ケヤキが「ナイスハッスル。」と言った。
「すまない。ハッスルしすぎてしまいました。」
私は反省し「この暑さがいけないんだ。」とセキニンをテンカした。

「確かに今日は暑いですね。」とケヤキは言って空を見上げた。
午後2時の夏の太陽はワッショイワッショイといいながら全力で燃えているように見えた。
「海だ。海へ行くべきだ。我々は断固大至急海へ行くべきなのだ。」
私はさけび部屋にかけもどり、学生時代の海水パンツをひっぱりだした。
ケヤキとジェットも私の勢いにおされたのか部屋にもどりそれぞれ仕度をはじめた。
「イナナキさんの車を借りて行こうぜ。」
私は若者っぽくうかれながらアパートの裏に止めてあるイナナキさんの車に忍び寄った。

イナナキさんはいなかに里帰りしていた。
車はカロゴンだった。
私はカロゴンのCMの男の人に好感をもっていた。
顔色が悪いところが気に入ったのだった。

私はカロゴンのマドがらすに石で穴をあけ、ドアのかぎをはずし、
運転席にもぐりこみハンドルの裏の配線を直結してエンジンをかけた。
TVで見た「ダーティハリー」で覚えたワザだった。
ケヤキとジェットが荷物をもっておりてきた。
ケヤキはふかみどり色のワンピースを着て首には早くも大きな赤いうきわをかけていた。
『ケヤキはうきわも似合うんだなぁ。』と私は思い、なぜか少し照れた。

私たちはカロゴンに乗り込み出発した。
カンパチからダイサンにのってヨコヨコでズシへ。
私はスピード感が大きらいなので時速40kmぐらいでゆっくりと走った。
カーステレオからはミュートビートの「マーチ」を流した。
私がトランペットのメロディを、
ケヤキがトロンボーンのメロディをハモリながら口ずさんだ。

ケヤキが水筒の中に作ってきてくれたうすめのカルピスを飲みながら
カロゴンは海へと走った。
ジェットだけが車酔いに苦しんでいた。
ジェットにも弱点があったのだ。
後部座席でぐったりとのびて時々苦しげに「カポッ」「カポッ」といろんな物をはきだしていた。

午後5時をすぎた頃、ついに海についた。
あんなに元気だった太陽もさすがに疲れたのか、眠たげに沈みかかっている。
砂浜にはオイルまみれの男女がごろごろところがってテカテカと光っている。
夕凪の海も薄くオイルがはっているようで奇妙な七色に輝いていた。
「なんだか妙な海ですね。」とケヤキがいい、
私も「なんだかなまぬるそうな海だねぇ。」と言った。

しかたなく海ぞいにカロゴンを走らせ、ようやく人のいない岩場についた。
そこにある海はしっかりと冷たそうな色をしていた。
私はケヤキに目をつぶっていてもらい、大急ぎで服をぬぎ、
十年ぐらい使っていなかったため干からびてしまった海パンを装着し、
「海が好きだぁー。」とさけびながら岩場を飛び歩きざぶんと飛び込んだ。
水の冷たさに心臓がちぢこまる感じを楽しみながら私はジタバタと泳いだ。
私の古い海パンも忘れかけていた水の感触に感激して、本来のやわらかなフィット感をとりもどしていった。
ケヤキが赤いうきわの上にジェットをのせてシズシズと泳いできた。
ケヤキはふかみどりのワンピースのままだった。
「水着は、なかったの?」と私が聞くと
ケヤキは少しはずかしそうに「ちゃんと着がえましたよ。」と言った。
よく見るとたしかに綿のワンピースから化学繊維のワンピースに変わっていた。

私たちは赤いうきわにみんなでつかまってプカプカと漂った。
沖の彼方に太陽はしずみかかり、
最後の光が海もジェットもケヤキもみんな金色にかがやかせた。

私は自分も金色にかがやいているのかどうか不安になった。
私だけが黒く沈み込んでいるかも知れない。
私はそう考えて早くも少しベソをかいたが、勇気を出してケヤキにたずねた。
「僕は今、何色だろう?」
ケヤキはうきわにアゴをのせて目をとじていたが、ゆっくりと目をひらいて私を見た。
そして少し笑って「金色に光ってみえますよ。」と言った。
私は許されたような不思議な安心感につつまれてジーンとした。

太陽はちゃんと同じ光で私を照らしてくれていた。
そのことに初めて気がついた気がした。
私たちはプカプカとただよいながらじっと太陽がしずむのを見ていた。
何もいわなかった。
ふさわしい言葉が見つからなかった。

日が沈むと夏の夜が空にあらわれた。
半月とさそり座の星の白い光が海を照らした。
私たちは「ロッキーごっこ」をして遊んだ。
ただ単にオニになった人が「エイドリアーン」とさけびながら追いかける遊びだが、おもしろかった。
とくにケヤキがオニの時、へんな低い作り声で「エイドリアーン」といいながら
赤いうきわから首だけだして追いかけてくると、おもしろいようなおそろしさで、
私はジタバタと必死で逃げ泳いだ。

遊びつかれて岩場にあがり、その辺に落ちてる木を集めて焚き火をした。
炎は「待ってました。」といいたげにチロチロと燃えて私たちの冷えた体をあたためた。
水にぬれてびっくりするぐらい小さくなってしまったジェットは、
はずかしそうに少し離れた岩の上で自慢の毛並みを取り戻そうと
必死に毛づくろいをしていた。

ケヤキはじっと炎をみつめていた。
まるで何かを思い出そうとしているような強い目の色だった。
私もじっと炎をみつめた。
決して同じ形をしない炎は、あらゆる全ての答えのように堂々ともえていた。

いくつもの記憶がよみがえり、瞬いたり混ざり合ったり、
そして現在とくっついたり重なり合ったり。
きっとケヤキも同じように炎の中の色々なものをみているのだろう。

私は私と知り合う前のケヤキについては何も知らなかった。
ケヤキは何も話さなかったし私も何も聞こうとは思わなかった。
ごく自然にケヤキは存在していた。
でも今、炎をみつめてるケヤキはどこかもろく見えた。
私は「ケヤキ」とつぶやいた。
ケヤキは私の方を見た。
茶色のくしゃ髪に半分かくれたケヤキの黒眼は何かを言ってるように見えた。
「こっちにおいでよ。」と私はいった。
ケヤキはゆっくり立ち上がってきて私の左よこにすわった。
私はドキドキとして何か気のきいた言葉を言わなきゃと思ったが何も思いつかなかった。

その時突然激しいかゆみが私の両腕をおそった。
おどろいて両腕を火にかざしてみると何十ヶ所も蚊にくわれてまあるくはれていた。
私は思わず「なんじゃこりゃ」とさけんだ。
ケヤキはクスッと笑って「かいてあげますよ。」といった。
私はポリポリとケヤキに腕をかいてもらいながら、嬉しいような、情けないような気分で
夜空を見上げた。
アンタレスの下あたりを人工衛星が横切って飛んでいた。
私は激しいかゆみに混乱した頭の中でなぜか『夏がとんでいくなぁ。また夏がとんでいくなぁ』
と呟いていた・・・・・・。

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